「女子枠が違憲と思うなら(利害関係当事者が)訴訟すればいいじゃない」
— おおが備忘録🐧 (@far_west9) February 20, 2026
「パンがなければお菓子を食べればいいじゃない」
この2つの発言は構造的に同じ。
①不満があるなら自分で何とかしろ(しかも高コスト)という責任転嫁…
Discrimination is bad, but reverse discrimination is also bad.
At the very least, quotas for women should be implemented only in limited cases.
このXerの言は言い得て妙に事にハマっている。確かに行動の対象報酬と言う点で一つ目の論理では女子枠であり二つ目の論理ではパンである。この結果の点で相違あるもののそのプロセスは同じだという主張だ。ハッキリ言うが正しい。同Xerはまず①不満があるなら自分(だけ)でなんとかしろという「高コスト責任転嫁の論」と言う点で二つは同じだと主張。次に②「一見解決策を提示しているようで後続の結果を導くための最終プロセスの実現可能性が極めて低い論」を指摘している。
加えてゲヲログはこれだけが問題の論理だと思わない。ゲヲログのスタンスは「問題の論理は形式だけでは語れない」し「実践的な判断や社会的文脈を含めて評価する」というものだからなおの事既存の女子枠には納得いかない。例えば文脈上恐らくパンは生存のために必要なもので女子枠は学歴である。この点で違ってはいるがその人の解釈次第でどうにでもなる。それがパンを希求的に欲する生命哲学的論理と女子枠による学歴を希求する現代価値的論理である。
例えばこれが「良い大学に入れなかったのはお前が努力しなかったからだ」という論理と同等と言えるか?言えないだろう。これが総体事実で実現可能性深く平等主義下で行われる試験結果に基づくものである以上。つまり形式だけでなく実践的価値や文脈を鑑みると「良い大学に入れなかったのはお前が努力しなかったからだ」は女子枠の議論レベルとはまったく違う次元にあるのだ。だからこそ女子枠は(条件付きで)ダメなのだ。少なくとも逆境指数に基づく採点において数点どまりにすべきである。
具体的に言うが実力本位の試験は平等によって保障されている以上合憲で女子枠はそもそも憲法違反だ。橋本が高校生に説諭したのと同じように女子枠は語れない。つまり高校生が偏差値の低い高校に通っていることを自分のせいにすべきであるとする論と女子枠でしか合格できない論を合理化するプロセスは同意ではない。前者は合理的だが後者は合理破綻的である。当然のことだが差別は良くないが逆差別も良くない。どっちもどっちとも言えないこともないが既存の女子枠は積極的に無くすべきだ。
まとめてみよう。
ポイント1:女子枠は廃止すべきか逆境指数に応じて数点どまりのファクターに留めるべき。
ポイント2:実力本位の試験は平等の原則に基づくため合憲で合理的である。
ポイント3:女子枠は性別に基づく平等原則に反し違憲であり合理性に欠ける。
ポイント4:差別は良くないが逆差別も良くない。
ポイント5:偏差値の低い学校にいることを自分の責任と考える合理主義と女子枠での合格論理は同列には扱えない。
「良い大学に入れなかったのはお前の努力不足だ」と単に言うのと「女子枠が違憲だと思うなら訴訟すりゃいいじゃん」では使っている論理が基盤的に違う。前者は”合理的区別”だが後者は単なる”合理破綻”に基づく男女逆差別なのである。
