【さよならビッグデータ】「Gears 5」から「Old School Rally」まで【AIドリブン型データサイエンス】

ゲヲログは今、N-of-1試験の考え方を参考にした単一事例の応用研究として、「Gears 5」のプレイ動画を用いたマルチモーダル解析を、まず最初の課題に据えている。こちらは研究の骨組みがほぼ完成しつつあって、かなり興味深いものになっていると自負するところ。ただし、一人のプレイを分析すれば、それだけで厳密な意味でのN-of-1試験になるわけではない。医学分野でいうN-of-1試験は、同じ個人の中で介入条件と比較条件を繰り返し切り替える設計を指すことが多い。ゲヲログの取り組みは、まず「一人のプレイヤーを継続的に観察し、行動と成績の変化を検討する研究」として、その発想を取り入れているに過ぎない。

見たいのは、単にキルが増えたとか、デスが減ったとかいう結果だけじゃない。その前に、何を見て、どこへ動き、いつ仕掛け、どこで引くようになったのか。成績の変化と、その背後にあるプレイの変化を、映像からどこまで結びつけられるのか。 そこが、この研究の面白いところなんよ。ところが、「Gears of War: E-Day」へとプレイの場が移ってから、別の問題もはっきりしてきた。同じシリーズでも、「良いプレイ」の中身が、そのまま引き継がれるとは限らない。操作が変わり、移動が変わり、相手との間合いの取り方が変われば、理想とされるプレイも変わる。研究としても、プレイヤーとしても、そこは無視できないんだよね。

率直に言って、ゲヲログは今作「Gears of War: E-Day」にかなり批判的。今作、スライディングやジャンプ、登攀などの移動アクションが加わり、カバーや移動の仕組みも作り直されている。公式には、移動の選択肢を増やす一方、カバーキャンセルの制約や慣性によって、相手の動きを読みやすくする狙いが説明されている。でも、それをプレイして、「なるほど、Gearsの抱えていた問題が解決されたな」と感じるかというと、自分はそうでもない(し、そう思う層が多くいるからオールオーバな高評価は得られてない)。最初は良いと思ってたけど、結局粗が出て来る。結局カバキャンのスキル要はTDMであっても、より高まったと言わざるを得ない。

上り下りができる。スライディングができる。以前とは違ったルートから接敵できる。それは分かる。だけど、できるアクションが増えたことと、TPSとしての駆け引きが面白くなったことは、同じじゃない。自分が「Gears of War」に求めていたのは、壁を挟んで相手の出方を読み、待つか、出るか、引くかを選ぶ面白さだった。相手が詰めてくる距離を測る。カバーから出る瞬間を読む。こちらの存在を意識させて動きを止める。あるいは、待っている相手を誘い出す。このゲームのいいとこは、そういう判断が噛み合ったときの気持ちよさなんよ。

今作では、その楽しさが深まったというより、別の移動操作への適応を強く求められている感覚がある。自分には、TPSとしての読み合いより、アクション操作の比重が前へ出てきたように感じられる。新要素によって生じたストレスは感じても、それによって何が解決されたのかという手応えは、正直弱い。これならば、ウォールバウンスの過剰な部分を調整するだけでも良かったんじゃねえのかな、と思う。自分のプレイ感覚では、従来のカバーを使った駆け引きの有効性が薄くなった一方、上位帯を相手にすると、結局のところカバーキャンセルを含む移動操作の熟練度が重くのしかかる。

もちろん、キルを取りにくくなったから悪いゲームだ、と言いたいわけじゃない。問題なのは、自分が面白いと思っていた判断を、成功へ結びつける感触が変わってしまったことなのだ。しかも、自分が遊ぶ時間帯では、マッチングがしねえことしねえこと。アドバンスドアクセス版に14000YENを出した立場としては、かなり厳しい(正直、買わなければ良かったと思う)。動作面の負担も含めて、「早く買って良かった」とは、今のところ素直には言えない。そんなこともあって、「Gears 5」を集中的にプレイしていた時期に、この研究に取り組んでおいて良かったと思っている。