分析対象となるデータは集め終わった(「Gears 5」の方は)。自分が面白いと感じていたゲーム環境の中で、判断や行動がどう変わったのかを、記録として残せたわけだからね。しかも、そいつをマルチモーダル解析に掛けることもできる。こりゃ良いタイミングだZO。ただし、新作が自分に合わないことと、旧作で得た技能が新作に通用しないことは歴然たる事実。発展性がない、っちゅう問題はやっぱりある(もしくは限られてしまうっていう問題)。後者は、実際に比較しなければ分からない。ここはゲーム批評と研究を混ぜずに、分けて考えておきたいところでもあるのだ。
んでさ、ゲヲログの次の実験場は「Old School Rally」。でも、シンプルだからこその壁もある。だって、次は「Old School Rally」を題材にして汎用的なレース解析をしてみるつもり、ここではN-of-1研究系を基盤に据えたからっていう名目もあるんだよな。だって条件揃えやすいもん。PvPとは違って、こちらはタイムを競うラリーゲームだからな(もちろん真逆に言えばそいつは壁にもなるんだけど…)。同じコース、同じ車両、同じ操作機器や設定にそろえて走ることで、比較条件を整理しやすい。研究の対象として考えると、これは扱いやすい方向にも、確かに思える。
ただ、こっちはこっちで、超えるべき壁を感じるてのもあるw。つーのも、「練習しました。タイムが縮まりました。上達しました」でストーリが終わってしまうなら、わざわざ動画をマルチモーダル解析する意味が希薄になっちゃう。タイムだけで全部説明できるなら、ストップウォッチの記録を並べればいい。そこにAIを挟む必要はあるのか、という話になってしまう。本質的なところよな。でも、考え直してみると、ゴールが単純なことと、そのゴールへ至る過程が単純なことは、別なんじゃないか?とも思う。
例えば、同じ完走タイムでも、ある走行はコーナー出口の加速が良く、別の走行は直線で稼いだ時間を接触で失っているかもしれない。どちらも結果は同じでも、次に直すべき部分は違う。自分が目標の2分02秒以内に収めた走行についても、「目標を達成した」という結果だけでなく、何がうまくいっていたのかを見たい。どこで減速し、どこで向きを変え、どの区間では速度を途切れさせずにつなげられたのか。悪い部分を探すだけじゃなく、残すべき成功パターンをぜひAI統計解析で見つけたいわけよ。ま、一つの考え方に過ぎないけど、研究の問いは「速くなったか」だけでなくなる。
「どのように速くなったのか。その変化を、映像から根拠付きで説明できるのか」。ここまで持っていければ、単なるタイム比較とは違った研究になるはずだ。ただし、繰り返し走っている以上、練習そのものの効果と、AIからの助言の効果は分けて考えなければならない。単一事例の研究でも、時間とともに起こる変化、前の介入の持ち越し、繰り返し測定の相関は問題になる。「助言の後に速くなった」だけで、「助言のおかげで速くなった」とは言い切れない。つまり、この研究は客観的立証性に難を抱えてる。難しいんだよな~…。
条件をそろえるだけで研究が完成するわけではない。この辺りも含めて、ちゃんと設計しなきゃいけないんだよね。プレイヤーだけでなく、「AIの評価の仕方(LLM as a Judge等)」も研究対象になるもう一つ、今回のラリー動画のマルチモーダル解析で、はっきり意識するようになったことがある。それは、AIに動画を見せたからといって、その評価をそのまま正解として扱ってはいけない、ということだ。そういう意味では、AIがしっかり人間側に主導権を握られている状態である必要もあるだろうな(AIと人間の平等共存共栄は避けられないとゲヲログは思ってます…)。
