「攻殻」は実行動・アクショナルな本であるのだから別視点が必要
本書の場合は、例えば、「超越と身体」なんて哲学的にいきなり言われても、腑に落ちないし、物語がどう動いているのか?っていうところには論が及んでない。いきなり核時代なんて言われてもわからんし、いきなり全体主義なんて言われてもハッキリ言ってわからんよ。著者も認めるように、「攻殻」は高度人間行動の漫画なんだから、そこんところにフォーカスして、どういう風に物語が描かれていて、どういう風に物語の実行動が社会に影響しているのか?を具体的に文字にしてくれないと一般市民にはわからないと思うよ(著者である大学教員にはわかっても)。
セグメントの割り振りが下手
例えば、いきなしケストラーとかが出てきても当然一般の読者はさてはてわからんと思うんですよ。ならば、攻殻機動隊はこういう風なフローを持っていて、だれがどうやってこういうテロらしき行動を起こしている。「これは実際の事件のここに影響してて、どう漫画を実行動的に読み解くと、それがわかるよ!」っていう風に言えば、腑に落ちると思う。でも本書は評論であり、批評なんだよね。だから穴がありすぎる。例えば、「イーロン・マスクの事業セグメントのここに比較が出来る」っていうだけでも論に実態を持ち込むことってできるやんか。それが出来てない。
作品世界を完全分割しているだけで解剖はしてない
加えて本書の帯にはこう踊っている。「作品世界を完全解剖」と。これは「解剖している」っていえるのかね?だって加賀崎さんがどう動いてるとか、テロがどうかくまわれているかとか、電脳の仕組みがどういう風に現実の科学技術で成り立つかとかいくらでも考える点ってあると思うんですよ。それなのに、他の作品群と比較して、「こういう影響がありましたはいオシマイ」ってなってねえ?それでもいいけど、じゃあ「攻殻」のどのエリアがイーロン・マスクの経営にどう影響を与えているの?とかそういう興味深い行動主義の本には仕上がってないんだよね、全く。
逆に「なんとなく似ているからこう」という目録作りに徹頭徹尾対応している
草薙少佐・荒巻・加賀崎・テロリストたちが「具体的にどう思考、どう電脳戦を展開、物語がどう駆動しているか」を分析した上で、それが現実の科学技術(イーロン・マスクのニューラリンク等)や実際の行動主義とどう接続するのかを示すことこそが重要なんじゃん。「攻殻」は実行動が抽象世界に影響を与え続ける本だよ?それに対し、「このシーンはなんとなくベンヤミンっぽい」「ここはケストラーのホロン概念に似ている」「実際の悲惨な事件やテロとシンクロしている」という既存の哲学者・事件のインデックス(目録)を作品にペタペタと貼り付けて終始してしまうスタイルっていうだけ。
