教育問題って、教育現場そのものの問題もあると思うけれど、それ以上に社会のあり方そのものが問題だと思うんだよね。いい高校、いい大学、いい会社に入ったら幸せ。確かに年功序列の終身雇用制の時代だったらそうかもしれないけれど、今はそんな時代じゃない。自分自身にいかに価値をつけられるか。
— ショリエンコサケノミッチ (@sholliencohol) January 12, 2013
In Japanese high schools, many educators still believe in lifetime employment myth. These values are harmful. In fact, many victims of this education system exist around me. Naturally, human resource mobility has become a common value worldwide. So these harmful values must be changed.
今必要なコペルニクス的な転換
日本では未だ終身雇用が経済安定の象徴として語られるが現実の企業行動と経済構造は既にそれを否定している。この問題の根底には教育が未だに硬直性を持って現実のビジネスの世界を知らないことに端を発している。今回は自分の教育現場での経験談とその一般解決的な考え方を手元に置いて記事を記してみようと思う。結論を先に言うが考え方を根本的にコペルニクス的に転換しないとダメなのだ。
終身雇用と人材流動化の価値観的バッティング
私のオンラインゲーム仲間でもイケアのデザイナーがいるが彼もその身分安泰ではないことぐらい内心よくよく知っているはずだ。現にイケアは何度かこれまで整理解雇をしているし中国では規模縮小の様相を見せている。よく進学校の高等学校の先生は終身雇用を未だに信奉しているものがいるが勘違いも甚だしい。終身雇用は当然人材流動化とバッティングする要素である。人材流動化こそが日本の成長課題であり日本的終身雇用の対軸となる概念である。イケアのようなグローバル企業でも根源的な課題は同じでこの課題に関して深く考えるからこそ対応策を出しているのだ。
激務に耐えきれず出世コースにも乗れない悲劇
私もかって地方の進学校とされる高校に通っていたことがあるが終身雇用を信奉している先生が多かった。なぜか根拠も示さずに大企業に入ればその時点で安泰だと信奉している馬鹿な教員が多いのだ。同期は国立大学に入ったものも多かったがその後は悲惨だ。大手の製鉄所から内定をもらってあるいはビル管理大手に内定をもらってというものも多くいた。だが皆現在は退社している。出世コースに乗らなかったからあるいは勤務の厳しさに耐えられなかったから辞めているのである。教育現場がいまだ終身雇用前提だからこうした勘違いの悲劇を生んでいるわけだ。
終身雇用を前提として高等教育を進めるな
つまり終身雇用を前提としたキャリア観を教育レベルで若者に提示し続けること自体がむしろ・もはや今最大の教育的リスクになりつつあるのだ。この固定的な概念をぶち破らないと当然イノベーティブな人材は出てこないし環境整備も整わない。すべてを高等教育のせいにするつもりはないが現実を見て行動できないこういった教員が生徒に価値観を無理強いし自分の信奉する価値観を押し付け続けてきたことが日本の教育的長期停滞のうちの一因であり経済的長期停滞のうちの理由の一因である。
ベテラン教員という病
確かにこうしたベテラン教員が言うように終身雇用は高度成長期においては合理的な日本の伝統的な制度だった。だが低成長・グローバル競争・技術革新が常態化した現在の世においてその前提神話と前提条件は既に完全に失われているのだ。時代に合わせて合理化し考え方を根本から変えないといつまでたっても長期停滞の罠からは抜け出れない。教育の管理者にある立場の人物が高度な考え方の下に教育プログラムを再訂しないといつまでたっても低成長に合致した人材しか教育成果として社会に送りつけられないのだ。若者のキャリア判断を誤らせる主要因がこうしたベテラン教員の価値観である。
中小企業と大企業の経営合理化手法の差異
有名な論だが日本では中小企業は企業存続の危機に瀕することが多い。その反面終身雇用であるところが多い。だが立派な企業と言われる日本型の大企業にはどの会社でも所謂肩たたきの文化がある。あなたは数字に貢献していないので退社してもらうと言われるのだ。数年前のことだがかの有名なIBM(当然福利厚生は世界でトップクラスの会社だ)でこの事例に瀕した正社員がいたのを新聞が特集していた。大企業では実績のない人には40~50ぐらいになったら少なくとも経営の合理化のため辞めてもらうのだ。
定型的な価値観はぶち壊す必要がある
その意においていい大学に入り良い企業に入って家族を持って幸せになるなどといった定型的な価値観が通りにくくなっているのはもう現実が証明している。明白な事実現実なのだ。私の大学の同期にも「この大学で成績良かったら良い企業入れて美人の奥さんをもらって幸せになれる」などと宣う馬鹿がいたがアホみたいな価値観だ。そもそも成績が良い=良い企業入れる方程式は成り立っても成績が良い=美人の奥さんをもらえるor良い企業入れる=美人の奥さんをもらえるという方程式なんぞなにも関連性のないこじつけだ。こういう馬鹿は死なないと考え方の根本が到底治らないのだろう。教育が変わらないと時代の変容変節に対応できるだけの人材は出てこない。
