「超かぐや姫 !」はなぜ未だに拡大するのか?


Why is the world of “Cosmic Princess Kaguya!” still expanding even now?
The answer is simple: “Music,” and “Love.”


「音楽の力」

これね、確信を持って言えることがある。それが、「音楽の力」だよ、君~。例えば、未だに、過去投稿された関連MV動画とか、音楽企画類にいろいろ(もちろん良い意味での)ツッコミが入っている。もうね、絶賛の言葉なんだよwwwそらそうよ。もう「Bump of Chicken」の「ray」のカバーが良い!とかそういうだけのレベルじゃない。音楽とテーマの融合だよね。だから映像作品として、長編でも、生き生きとしてて、伸びやかに、短く感じるわけだよ。では、なぜ長編アニメ映画なのに、短く感じるほど引き込まれるのか?そこを考えてみようじゃないか。

元祖ボカロPの力

まず、MVの熱量をそのまま100分の長編に耐えうる強度へ昇華したこと、これが理由としてある。数々の伝説的な平成生まれのボカロPが台頭していって、ガッツリ音楽作ってくれている。そこにテーマが乗っかった。どっちかっていうとテーマが音楽に乗っているのであって、音楽がテーマに乗っているのではない。具体的に言うと、グルーヴがまず映像に先行していて、ゲヲログも言う「音楽の力」が、やっぱりまず映像に先行しているってのはあると思うんだ。それが長編の尺を見事に引き延ばしていて、見ている側として辛さがない。音楽が先行して存在しているからだ。だからダレがないのだ。

映像に先行すべき存在

例えば「Bump of Chicken」の「ray」だってそうだ。音楽の力量が映像表現に先行していて、「お別れと再生」「生きている存在」という実存的なバンプワールドがしっかり物語を牽引しているのだ。そこに(しつこいようだが)乗っかるように、ツクヨミというXR/VR世界と彩葉たちの物語が噛み合うように存在している。文脈の音楽への乗っけ方が上手いのだ。「そりゃカバーが発表された瞬間からネットが沸くわ!」ちゅう。カバーのクオリティもさることながら、文脈の乗せ方が反則級に上手いんだ。それがネットの世界なら当然のことだし、SNSバズりの世界ならば当然のことなのだ。だからSNSの良いところ・拡散力が出ていると言っていい。

「愛」ゆえに

そういう意味で、映像・音楽の本質はやはり「愛」なんだよな。アニメは結局、「愛」。絶賛の嵐で、音楽が更新され続けている点を評価せざるを得ない。めちゃくちゃバズって愛が溢れるからこそ、良いアニメ文化が生まれているのだ。ファンが「もっと語る必要性がある」と思うのだ。「もっとこのお気に入りのシーンにツッコミたい」と思うのだ。作品の熱量について言っている。一寸も遅れちゃならないって自然に思える。シンプルに「音楽の力」と「愛」という存在なんだよ。

奇跡的な化学反応

このように「超かぐや姫!」は音楽とアニメーションが奇跡的な化学反応を起こしている。だから拡大を続ける。この映画館の力が弱まっている、とされる現代だからこそ、まったく既存の映像映画とは、逆のバズり方があるんだと証拠づけているのだ。だからこそ、観客の体感時間をあまりにも短い「一瞬」に変えてしまうわけだよ・・・。まさに、映画館が巨大なライブ会場と化したような、令和のアニソン・映像カルチャーのひとつの到達点と言っても過言じゃないんだよ!機材とか巨大なスクリーンの存在とは違うレベルで、この映画は未だ更新され続けているのだ!


この宇宙で 広い星で 君と出会えたから

【歌ってみた】ロンリーユニバース – Aqu3ra / covered by 月見ヤチヨ(cv.早見沙織) from 超かぐや姫! – YouTubeより引用