To create an attractive game story, first, game creators should make a good beginning. Second, they should design a dramatic curve. These ideas can be understood by all players and help them empathize with the characters they imagine. At all times, creators should focus on creating an ‘experience’ rather than a ‘description’ in their games.
心を打つゲームストーリーはどうやって作られるのか?
ゲームに限らんの話なのだけど、伝説のフリゲ「ざくざくアクターズ」をやってみよう!(作者ブログ)と思ったことがきっかけで、今この記事書いてる。ゲヲログだからこそ言える、ゲームストーリーの作り込み方を王道(笑)に解説してみようという企画記事である。だからこそこのハッシュタグ#ゲーム制作…てか、蛇足っておくけど2.0でも言ったが「SO2」ってストーリー微妙なんすよね。ストーリー面で比較したら「ざくざくアクターズ」のほうがずっと上でしょうね。
最重要課題:出だし
まず、入り口となっている出だしを自然にすること。かの有名な売れっ子小説家:スティーブン・キングは、その小説内の出だし・書き出しにほぼ全てを賭けるという事で有名だけど、ゲームだのなんだのでも同じことが言える。出だしが自然でないと、どうしたってプレイ継続性の勢いが保てない。入り口の部分が自然に設計されていて、不自然な挙動は排除していくことで、ストーリーのクライマックスまで全て滞りなく持っていける。これがキングの言っていること。
不自然な挙動とは展開の意外性のことではない
さらに説明するが、ここでいう不自然な挙動とは、予想外にしていること全般を指すわけではない。不自然な挙動とは、絶対的または相対的にかなり大きい範囲であり得なさすぎる事柄や、論理の破綻が明白に起こっていることを指す言葉であって、「予想を裏切る展開」はゲームストーリーにおいては必須であると言って良い。この微妙なニュアンスの違いを勘違いしないでほしい。というのも、これらの展開はあえて感情の起伏を作ることでもあるのだ。これにより、途中のロングプレイや要所要所に、捻っている部分を実装達成して、プレイヤーを一気に引き込むことができる。
感情移入の重要性
ただ単に論理を破綻させるのではなくして、論理のつじつまが合っている中で、感情の起伏を作ることでゲームストーリーが魅力的なものになることを疑似的に保証することは重要である。それに応じて言えることもまたあるだろう。例えば、主人公に感情移入させやすいパターンを割り振るのも重要だ。人間には誰しも苦悩や弱さ・欠点があり、それを抱えながら生きている。読者が「このキャラクターはマジで自分と同じだ」と感じられる主人公やキャラクターを設定し配置する。ストーリーに対する機敏や気持ちを重視せざるを得ない状況がこれによって作られるのだ。
そのストーリー的裏付け
また、先に述べたような起伏のあるストーリーはこの要素によっても裏付けられている。明確な「葛藤」「障害」があるからこそ、ゲームのフローを人生の問題として、深刻に考えさせることが出来る。特に、物語の終盤においては、目的の達成の前に立ちふさがる大きな物理・心理的壁を多層的に配置することも重要である。これにより苦難を克服するようなプロセスをゲーム内に仕込むことが出来る。リアルな感覚を想像上のゲームという世界の中で、作業興奮的にシミュレートさせることが重要なのである。
「ドラマカーブ」と「クライマックス」
「ドラマカーブ」(先に述べたストーリーの起伏の事)の活用も重要だろう。「緊張」及び「緩和」のバランスを上手く精巧に計算して、物語の盛り上がり(クライマックス)を設計する。ゲームコンテンツにおいては、ここが欠けていると出だしがいくら秀逸でもダメだ。確かに出だしは最重要だ。だが、それは小説と言う一本道・最適化の書物で語られるものにとっては特にそう、というだけであって、多層的かつ持続的に数十時間プレイが強いられるAAAタイトルになればなるほど(近づけば近づくほど)、持続的にクライマックスへと繋がる伏線を上手く配置すべきことも貴重な要素となってくる。さらになんかある~?
「説明」はせずに「体験」を設計する
さて、ゲームストーリーにおいて、描画(ディテール)はどのようにこだわるべきであろうか?ここは「悲しかった」などと説明するのではなく、その時の景色や行動を具体的に描写して、読者の想像力を掻き立てることが重要であると言える。繰り返すが、これは「説明」ではないのだ。「体験」としてゲームを全体的かつ局所的に配置することはマジで重要である。プレイヤーは、ゲームにおいては、漫画的な「説明」を求めているわけではない。こうした、ギミックの説明はゲーミングにおいては、二次・三次的要素であって、一次的な要素ではない。
ラノベに相当する「心理描写」の貴重性
なによりも、一次要素として持ってくるのは「体験」なのである。ゲームをプレイしていて、”ここに感情が乗っているから自分もそういった状況が理解できる”という、ナチュラルな環境形成のほうが、「説明」よりもより重要である。これは「内的描写」だとか「心理描写」とラノベでよく言われるものと全く同等だ。キャラクターの心の揺れ動く様を細かく描写し、その内面に寄り添うことで、より速く・より効果的にプレイヤーの感情に直情的にうったえることができるわけだね。
