I recently bought some music CDs made by mozell and GYARI. These works reflect the artists’ creativity in different ways. For example, mozell’s CDs show creativity in their licensing approach, while GYARI’s CDs highlight creativity in the music production process. Nowadays, it’s important to pay attention to how music is created and presented with originality. Simply making good music is no longer enough to succeed commercially.
買ったブツ
mozell’s CD STOREで①「バンバーズ2/バンバード ~Piano Version~アレンジコンピCD」②「もぜ劇CD版/mozell オリジナルゲームインストCD」を・GYARISUTA!で(メロンブックスで)③「クソデッカ★オーディエンサー制作本」を、それぞれ購入した。どれも曲自体が優れているのは間違いない。①は名曲「バンバーズ」専用のコンピレーション的なアルバム・②はmozellの優れた楽曲ばかりを集めた名盤・③はGYARIの直近付近の良さげな曲採録商品だ。
その曲構成
曲構成を見ていくと、お目当ての曲も明らかになってくる。①には「バンバーズ」の名アレンジBlackYの「Banbard’s Summer」が入っている。②にはmozell本家による「fragile beauty」が入っている。そして、実は③は単曲構成(話題の「クソデッカ★オーディエンサー」)だが、様々な商品的工夫をすることで「魅力ある曲作りノート」が収録されているという点で優れている商品である。なぜゲヲログがこいつらを買ったのか?それには理由があるんだ。
作曲家として一流
見てみると・聞いてみるとわかるんだけど、この人たち(mozellとGYARI)って作曲家で作りがめっちゃ上手いんだよね。んで曲自体の作りも上手いんだけど、それ以上に商品の構成の仕方がめっちゃ上手いのよ。だから、たとえこれ有料でも買っちまうんですよ。YouTubeで全目録公開されているんだから、そっちのほうを聞けば本来は十分良いじゃない?オフィシャルの。でも良い曲過ぎて、原曲家の応援をしたくなるし、もっといい曲が出て来るのが間違いないから、買って潤ってほしいということなんだよな。
背後の「推し活」
つまり、「クリエイターが作り出す体験」をファンは重視してるっていうわけ。「楽曲の質が高いから買う」という理由だけではないのだ。「アーティストやプロデューサーが、ファンに向けてどれだけ計算し尽くされた構造物として作品を届けてくれているか」というプロセスの部分に焦点が当たってて、そこを力強く追っていくがため、支払ってでも応援の雰囲気を重視したい…そういうわけだ。簡単に言えば、いわば「推し活」だな。
実例を挙げる
①②③全てそういった楽曲周辺の構成が凄まじく上手い。①②を作っているmozellは曲のツクリが中心ではあるものの、容易にできるその周辺のライセンス的な幅をもたらすことで「買わざるを得ない理由付け」が自然に出来ている。特記すべきは③だろう。これは、GYARIのその楽曲作るまでのプロセスを、イラストとか考え方の根源の部分から考慮して様々な工夫ブツが織り込まれている(だから正確にはCDではなくて制作本である)。
さらなる工夫
事実、③は楽曲自体実は収録されておらず、オンラインストレージから表記のDL暗号コードを見ることで、曲をDLできるという手法を取っている、いわば”収録本”なのだ。このやり方はめちゃくちゃうまい。AI時代を迎えて、このプロセスの重視という音楽制作手法及びその販売形態の構築は、なかなかそうしたAIによる代替で効かない項になっていると言えるだろう。マジすげえ才能だな…っていうわけだ。
「サブスクは悪」か?
一時期、川本真琴が叩かれたやん?「サブスクは悪だ」っていう論調で。たしかにあの考え方わからんわけでもなんでもない。むしろ、めっちゃわかるんだよ。ただ、AI時代を迎え、曲目が自動構成的に成り立っちゃう現代社会では、曲自体の価値は希薄化してしまう。そして、その実、さらに音楽だけではなくて、音楽の周辺~ライブコンテンツとかライセンシーを含めた権利的コンテンツとか制作経緯を封じたプロセスコンテンツ~といったものが如何に音楽づくり・ビジネスの構成にとって重要かを呈しているのだとも思う。
