教育学部に予算を付ける必要はない


We should not spend taxpayer money on faculties of education at universities. High schools are not for unmotivated students; they are for motivated students, and the same is true even of middle schools. Faculties of education at universities are not addressing the essence of education. If we spend taxpayer money on this sector, it is only a waste of money.


教育学部に予算を付ける必要はない

賛否あるだろうが私は教育学部に予算を付ける必要はないと思う。遡れば教育学部というのは社会の何のためにあるのか?ということだがこれはもはやなんら問や解になっていない。そもそも教員になるには相当程度の学力と確かな教養があればいいだけで教育実習とかいうおままごとも全く社会的に必要ない。なぜならば教育学部の教育方論とか教育実習という建前だけの技能実習は教育の本質とは何の関係もないからだ。

高校は義務教育ではなく自己責任の場である

進学校に行けば分かるが全て自己責任の名の下に学生には勉強させる。やることをやらない学生は留年したり退学したりする。これを高校は絶対的に阻止できない(高校は義務教育ではないからだ)。つまり教員になって苦しんでいる学生を救いたいという意思は完全に無為である。そんな高い志を持って教員になろうと思っても意味がないのだ。現に中学でさえ不登校の学生を強要することはできずそういった学生は通信制高校などに入らざるを得ない。そちらのほうが大学への推薦枠が多かったりもする。

教育方論とかいう授業は社会的に不要

反論もあるだろう。教育方論は分かるように丁寧に解説することだから必要だという意見…だがこれはナンセンスだ。学校では授業についていけない学生を支援する授業はしない。出来ない学生やってこない学生にチョークを投げることしかできないのが高校教員というものだ。丁寧に教えている暇などない。そんなことをやっていたら大学受験に取り残されるだけだからだ。つまり教育方論とかいう教育学部のカリキュラムは意味をなしていないのだ。分かるように丁寧に解説するために教育方論があるわけではない。大学は専門職大学院ではないのだ。

教育実習はOJTでまかなうべきだ

また教育実習には意味があっておままごとではないとする意見もおかしい。これはあくまで形式的なインターンシップであって到底その外部的な内容から発達特性の多様化・保護者への対応・いじめ問題・学級崩壊リスクを管理するスキルを磨くポイントではないのだ。そういった内容はOJTで学ぶだけでありそもそも学校に来なくなった学生や学級崩壊しているクラスを救う術など教員にはないのだから。チャンスは自分で勝手に開拓すればいいだけであり個人のレベルに委ねられている。教員が学生のことを救うことが出来ると考えている教員志望者は考え方を全面的に改めるべきだ。

学校とはそもそも選抜機関である

つまり学校とは本質的に選抜機関でありそれ以外ではない。出来ない学生を救う場所ではない。そして教員にできることは限定的でなんでも理想通りに行くわけない。こんなのは当たり前のことだ。だから救済幻想は自己欺瞞以外何物でもない。よって教育学部の理念教育は完全に無意味である。こんなどーでもいい授業に血税をつぎ込んでいるということ自体おかしい。社会はかなり厳格な能力主義モデルで成り立っている。それに沿って高校という非義務教育機関は運営されているのだ。

まっとうな学問に大幅な予算を

私の地元の国公立大学も教育学が盛んとタテマエ的に言われている大学だがこんなところに教育学部向け補助予算を付ける必要はない。全部独立採算制で行ってもらって工学部や理学部・デザイン工学部など社会にとって実利的な理系学部に予算を大幅にシフトするべきだ。勿体ないのは教育学博士ではない。特異点があるのは認めるがこんな学問に強い予算を付ける必要はなく社会経済を実質的に豊かにする”厳しい”学問に予算を付けるべきだ。誇張して言えば教育学部は不要なのである。