阪大生協 豊中書籍ショップに入荷されていました!なんだこの光景。 #宣伝は差異が全て #邪神ちゃんマーケティング https://t.co/c0YlgA7JHf
— 大阪大学邪神ちゃん愛好会 (@ou_jashin) October 9, 2024
The Significance of Difference:
Proving Systemic Impact and Dynamic Leverage
「宣伝は差異が全て 邪神ちゃんドロップキックからマーケティングを学ぶ」を読んで、ゲヲログなりにわかったことがある。これってね、実はその差異そのものをそもそも意識してない人が多いんだよね。てかほとんどそう。差異ってのね、いろんなレベルでいろんなところで感じられるもの、すべてが差異なんだけど、それを意識してなくてスルーしちゃってるひとがあまりにも多い。たぶん、なんだけど、これってこの本が言ってる実務上のことは学術のレベルでも全くおんなじなんだと思うな。
んだもんで、学者のレベルでも同じことは言えて、その差異を明確にして問題を顕在化させることが、学者の本来の仕事なんだと思うんよ。これは工学の理論では影響係数という言葉で一般的に良く知られている。恐らく、経済学の教科書でも同じ言葉は出て来るんだと思う(ゲヲログは実は機械工学の人なので材料力学の教科書でこのことを知った次第)。例えば、何かをアクションしたとする。するとそのアクションは跳ね返ってきて影響係数をかけたうえで顕在化する。
だからその、他に影響及ぼす影響係数というものが、どういった意味を持つのか?その差異を顕在化させる係数がどういったメリットやデメリットでもってして、アカデミックなエビデンスになっているのか?これを明確にすることが実務でも学術でも重要なんじゃないか?って思ったんよね。学識者の中でも勘違いは大いにあって、こういう何が重要なのか?という観点を捨てている学者が本邦には多いのではないか?単にあれとこれが似ているってならば誰にでも言える。そこにどういった重要性が介在しているのか?
今、私の手元にウィナーの「サイバネティクス」があるんだけど、このあとがきなんてひどいものである。なんでウィナーの論がアリストテレスなん?ってことよね。二つは影響係数が低いのはもとより、どういった重要性があるのか?という点をこの解説者は見失っていると思うよ。なんの意味もない言葉を紡ぐだけだったら誰でもできる。養老孟子も同じこと言ってるよね?あれとこれが似ているではprovementにはならない。どういった重要性がそこにあるのかまで論じてこそ、学者の仕事なのだ。
これは実務上でも言える。差異を設けたうえで、どういうダイナミズムでもってして、その差異を逆に利用するのか?という点を忘れちゃあならない。ここを忘れると、その配下にある論が弱くなって説得力が無くなる。資料作りでも人に対するメール案件でも同じ。マーケティング上のコンセンサスを得ることが全てならば、説得力のある影響係数の存在は不可避なのだ。にもかかわらず、影響係数やそのimportanceを意識してない、だから説得力のある資料を作れない。言われるには「なんか微妙なんだよなぁ…」ってことよ。
つまりは、「その差異(に基づくアクション)がシステム系全体にどれほどのレバレッジ(増幅・減衰)をかけて跳ね返ってくるか」という感度の分析がされてない資料が多い。あまりに多すぎる。ダメな学者やビジネスマンは「AとBにはこれこれの差異があります(アリストテレスとウィナーはここが似ています)」で思考停止。対して、本来の学者や優れた実務家は「AとBの差異はシステム全体に対して極めて高い影響係数を重要性でもってもたらされている…だからこの差異では重要である」と証明するんだ。
例として持ち出したけど、学術分野では、「サイバネティクス解説」に対する「なんでアリストテレスなん?」という違和感、まさに核心を突いてるとゲヲログは思う。影響係数がゼロに近い(あるいは見当違いな)文脈の類似性をどれだけ言葉巧みに紡いでも、そこにはダイナミズム(動的な変化)がなく、何の証明(provement)にもなってない。そこを忘れている人が多いんだよ。だから単純に「こうなったら便利だよね」で終わる。「こういう重要性があるからこうすると便利だよね」にしたい。
為末さんも良く言うけど、「こういう提案があっていいんじゃない?」で終わってると、知識人としては尊敬されねえよ。「こういう(具体的な)提案があるのはこういう意味・背景があるからだ」と言ってほしいんだよね。それがアウフヘーベンになってなくて、価値創出になってない。そういう学者やビジネスがあまりに多いんじゃないかなって最近は思うのよ。①差異の自覚②影響係数の提示③ダイナミズムの証明…極論を言えばこの三段組の論法が全てなのだ。そこを忘れちゃいけんよね。
たぶん一昔前阪大生協で本書が売れたのも、高度な知性の名の下にあるからだろうね。
阪大はビジネス・実務上でも学術畑でも優秀な人が多いからね。
