「正典で殴る読書術 : 「日本共産党独習指定文献」再読のすすめ」紙屋高雪~読書篇として傑作

概要

まず言いたいのは紙屋のコンセプトが本書ではしっかりしている点だろう。これは間違いない。というのも「書評の類を自分なりの現在地から伝えることをしたい」というようなことが冒頭で”結論から”書かれている(正確に言うと4つぐらい目的があるって書かれているんだけど…それは後述する)。だから帯には「読書は再起の武器になる」って書いてある。この辺りでまんず論の整理がついていて紙屋高雪の最高傑作であり処女作である「オタクコミュニスト超絶マンガ評論」に匹敵するぐらい書の概念として論が立っている。共産党の推薦図書(?…とまぁ内容の精細なところまではよくわからんが)をピックアップしているのも本書なりの特色が出ててマジでGOODである。ゲヲログはかって同著「“町内会”は義務ですか? ~コミュニティーと自由の実践~」をこっぴどくこき下ろしたことがあるんだけどその際のゲヲログの意見・論理は本書には全く通用しない。今どんな読書家にもお勧めできる一冊を上げろと言われればこの「正典で殴る読書術 : 「日本共産党独習指定文献」再読のすすめ」をゲヲログは挙げてしまう。それぐらい完成度が高い本である。

紙屋の四つの目的

ちょっと四項目だけは追っておこうか。紙屋はまず第一に本書が書かれた理由を「知的好奇心から」としている。第二に「教養として」とある。第三に「左翼の再評価・再構築」みたいなことが書かれてて第四に「読書を武器として」とある。ぐうの音もでないほどの正論であり反論する余地すら紙屋はこの書の目的において読者に与えない。細かく追っていくとイロイロ反論はあるがそれ(序論というか序章というかそこら)自体がとても魅力的である。ハッキリ言っておくがこの冒頭の序章が本書の全てであるといっても過言じゃねえ。だって序章で全てをまとめて結論づけちゃっているんだから。ぶっちゃけ書評とか読んでも一週間後には大体忘れちゃうっしょ?思いついたこと・考えたこと・想像したことまでも全てw。だから序章だけ覚えておけばあとは各章に割り振られている論は対してのスタンスはそれほどは重要じゃないっちゃそうなんだよな。でもこの紙屋の序論があるからこそ本書のコンセプトがしっかりと結論づけられてて各章での書の再評価にスムーズに入っていける全体的構成が形どられている。だからこそこの書は素晴らしい。

それ以上を感じた点

しかも共産党の推薦図書…正確には「日本共産党独習指定文献」というらしいが…これを振り返っていくということは単に紙屋の持論である四つの目的という概念を超えて”教育”という社会的な主軸セクターにまで論旨が及んでいると言っても全く過言ではない。むしろだからこそゲヲログとしても紙屋による本書はマジで賞賛に値すると言っている。どういうことか?教育とはラテン語が語源で”誘導する”という意味を持つ。決してゲヲログとしてもこの語源的意味が嫌いということじゃない。それこそ共産党が掲げるような”計画性の教育”みたいなコンセプトを感じるし共産党の敷く教育体制にもある種理解を示す点がままあるのだ。恐らく紙屋としてもそう思う点があるからこそ本書を執筆したのではないだろうか?そうゲヲログは思う。

宮本と夭折の百合子

ゲヲログの中では日本の共産主義のリーダーは未だかのカリスマ:宮本(顕治のことだZO)でありその妻・百合子である。賛否はあれども彼らがある種教養路線であったことに間違いない(百合子は天才少女とされた作家だった)。だからこそ宮本の没後中曽根(あ・自民党の元総裁ですよ☆)ですら宮本の弔問に訪れたしその計画的な国会答弁の論の立て方を讃えたのだ。また宮本と百合子が再び天国で出会うという構図で読売(あの読売がだぜ…!)の編集手帳の欄で特が組まれたぐらいなのだ。つまり宮本の路線は賛否あってもその当時は少なくとも全うな教養が共産党内で輝いていた時代だったとゲヲログは思う。だからこそのシンパシーを与党も与党寄りの論説で知られるゴミ売り読売新聞も覚えたわけだよ。それぐらい過去の英雄たちが輝いていた時代が左翼界隈の歴史にはしかとあるのだ。また紙屋自身この説を恐らくば踏襲しているとゲヲログは思うんだよね。