We can’t just blame wakatte.TV for everything without looking at the bigger picture.
wakatte.TVの矛盾は実は身近に潜んでいる
これね、もう彼らの失言については言うまでもないです。明らかに間違っているし人を馬鹿にしている。でもね、声高にしてこいつらのことだけをこき下ろすことって、私、実はできないんですよ。私の体験から言ってみます。学生時代、スーパーマーケットで品出しのアルバイトをしたことがあるんで、その時の嫌な思いを吐露しながら言ってみます。原因はwakatte.TVではなく、彼らを生み出した我々の価値観だったのではないか?とする説も、wakatte.TVを批判する声と同等に重要なはずです。
学歴に拘るのはwakatte.TVだけではない
なんかね、そのバイト先であるおばはんが言うんですよ…「学校何所通っているの?」って…しかも一回や二回じゃない。三回・四回・五回って聞いてくるんです。私、答えませんでした。たぶん、ですけど、私の通っていた大学ってのは日東駒専と呼ばれる大学群に近しい理系の単価大学で、けっこう、そこそこ就職が良かったり、卒業した人らが上位の院に推薦で行ったりできた。そこを、根堀穴掘り聞かれるんです…。プライバシーに関わるからって何度言っても聞いてくるのです。
バイト先で出会ったおばはん
でもさ、思うだけどさ、これってやっぱやっていることが、wakatte.TVと同じレベルじゃないですかね、そのおばはん。しかも、そのババア、定年間近でもう孫もいるそうなんです。お孫さんかわいそうだな、と心底思った。恐らくこの人は興味本位で人の学歴を聞きたがる基地外だったのでしょう。でも考えてみてもくださいよ。これがもっといい大学だったらば、「私はこういう大学に通っているんですよ!」ってアピるのでしょうか?それを聞いて「へえ凄いねえ」で終わりではないのか?
荻野先生の言葉と安藤忠雄
そういうことをやる人(例えばこのババア)ってのは、ハッキリ言ってバカなのだと思います。偏差値や学歴はひとつの基準に過ぎません。荻野暢也も言っていますが、高卒でもやっている人はやはりいます(安藤忠雄は高卒ですね)。卒業したら、研究職や高度な設計職でなければ、積分なんてやらせてもらえません(数理に近い大学教員は違うでしょうけど)。んで、そういうこと以下のことを言っているわけですよ、このババアは。お孫さん可哀そうだな、と。この害悪のババアに学歴思想をこれから叩き込まれるのでしょう。
確かに存在した店長のプライバシー遵守の通達
そもそも、当時、店長はそういうことを聞いちゃいけませんよ・プライバシーに関することは聞いちゃいけませんよ、と明確に社員たちに通達を出していました。当然、学歴だけで人の人格が決まるわけではありません。そこに至るまでの過程や努力の成果で決まる人格のほうが、学歴そのものより、ずっと広範囲にカバーリングすることでしょう。これは、当たり前のことです。それを無視し続けて、人の学歴に拘り、あまつさえ聞き続ける。人がやんわりと断っているのにもかかわらずです…。wakatte.TVと同じではないか?
貧相なヤツ・あさましいヤツ・可哀そうなヤツ
なんて、なんて貧相で、あさましいやつなんでしょうか?もう齢60近いのに、こんな馬鹿をやるババアが社会で闊歩しているのです。小学生や中学生・高校生ならば、まだまだわかりますが、この年になってこんなくだらないことを大っぴらげに興味本位で平然とまさぐる。やっていることが恥ずかしいと思わないのか?もう我慢ならないんで、言っちゃいますが、こういうババアって単なる基地外なんですよね。気にするだけ無駄でもある。ですが、それでも、しつこく粘着してくるのです。
そして出会ったハラスメント
その後、そのババアはアルバイト職にも関わらず、私だけに厳しい態度を取るようになりました。また私よりも早く帰れるシフトなのに、自分の残した仕事を私に押し付けるようになっていました。これをハラスメントと呼ばず、なにをハラスメントと呼ぶのでしょうか?こんなことが日本では日常茶飯事に起きているのです。その背後に悲しんでいる人々が無数にいる。あまりに悲しい現状ではないか?実は、うちの兄弟もそういうことを平気で言う。人間の人格を否定することを平気でするのです。
真理「学歴のある人・ない人」で人間は分割できやしない
「学歴がある人・ない人で分けられる」こんな阿呆なことを高等教育であたかも”学んだ”としているのです。あまりに情けない。そしてあまりに悲しい。学歴はその人の誇りです。でもそれで生きる力があるということとイコールでは結べないのも事実です。むしろGRITのほうがずっとずっと重要でしょう。へこたれても諦めない。断られても諦めずチャレンジを続ける。常に警戒し、現状に危機意識を持つ。何歳になっても、これではダメだ!もっと良くしないと!と思う。生涯学習とは本来こうあるべき「辛さ」ではないか?
wakatte.TVから”わかった(wakatta)”我々人間の醜悪さと希望
此処まで言えばわかるでしょう。wakatte.TVのことからも学べることが多数あるという事実本意の人間の思想が。血の通った知識こそ重要だ、とする冷徹でそれでいて希望のある考え方が。この意においてwakatte.TVのことはwakatte.TVのことだけで済まされる問題ではないのです。やはり彼らを反面教師にしながらも、自分の考え方をより良くしていくことこそが、今回の騒動で”わかった(wakatta)”ことなのではないか?そう、私は思っています。
