海外のDiscordと国内のDiscordのチャットを経験して気付いた唯一のこと


Overseas Discord channels have a low-context culture, enabling direct discussions that separate personality from statements. Japanese Discord channels have a high-context culture, emphasizing relationship-building and reading the room. These differences manifest in communication styles and attitudes toward others.


私には数年間某シューティングゲームの海外Discord鯖に参加していて発見したことがいくつかある。その中でも一番驚いたのが日本と違っていきなりVCコミュニケーションがその鯖内で度々発生することだ。これは恐らくばこのゲームに限ったことではない。海の向こうのDiscordコミュニティーでは現在進行形的にごく自然とVCコミュニケーションが発生する。いきなり誰かがチャンネルのVCゲームライブ配信を始めたかと思えばそこに直ぐに連なってコミュニティーが形成されいきなり完成度の高い戦術談義が始まる。これは地味に驚くべきことだと思う。

もっと驚いたのはそうしたSTGにまつわる女性の鯖管理者がままいること。めっちゃマイナーなゲームだしそういった人が男性を主とするコミュニティーに即日参加してゲム談義やるってのは我々日本人としてはあまり考えられないこと。その方も含めていきなり配信がスタート・高度なジョークまでもそこで行われる(しかも母語ではないはずの英語で)。よーするに海外では日常にインターネットやVCコミュニケーションが溶け込んでいるわけだ。そこにはあらゆる抵抗感がなく自然発生的なコミュニケーションが常々付いて回る。

対して日本はどうか?日本の場合そもそもDiscordのVCコミュニティーが自然発生的に巻き起こるというのはあまり考えられない。既知の人々がコミュニティーを作ってVCを計画性に沿って行うことはあっても上述のように即席でVC付きライブが付いて回るってのはあまり見ない。まずは人と成りを観察しお互いの感触を探り合う。まずここから日本人はスタートするのが常であってVCコミュいきなりとはいいがたい面がとても強い。また日本人は概して英語が出来ないので言語を媒介したダイレクトなコミュニケーションをする人も絶対的に少ない。つまり日本のVCコミュニケーションツールではその場の空気を読むことが求められるわけ。

これには国民性の違いが表れていると思う。あちらはフレンドリーで見ず知らずの人でも積極的にリニアにコミュニケーションをする。英語はダイレクトなコミュニケーションツールでありしかも外人で堪能な人が多いから使われやすい。コミュニケーションの参加ハードルが極めて低いのだ。南米プレイヤー等スペイン語話者は英語学習しやすいってのもあるだろう。でもそれを鑑みても文化文明を背後とした国民性の違いというものを意識せざるを得えない現状があると思う。直感的にもわかることだが日本人は奥手なのだ。会話下手でいきなりのコミュニケーションをしにくい。海外では話者の人格と話自体は切り離して考えているようにも思う。日本では話の議題=話者の人格という側面がかなりの程度ある。

つまるところ海外では低文脈文化(Low-context culture)が根付いている。まず思ったことを言う・発言する。そこから解釈を自由に引き出す。対して日本では高文脈文化(High-context culture)が根付いている。空気を読んで文脈の背後までしっかりと綿密に追う。海外ではVCは挨拶と談義の積極的ツールだ。それに対して日本ではVCは関係性構築のツールだ。海外ではコミュニケーションは理解のための低いハードル文化なのに日本ではコミュニケーションはある種恥の文化である。だから陰で人を笑うことが根付いてしまっているのだ。これが悪いことか良いことかは賛否両論あるだろう。

吃音の人を陰で笑う日本人を私はこれまで嫌と言うほど数多く見てきた。これは日本の悪いところだろうと私は思う。日本人自身がしっかり反省するべき点だと。職場でも人の陰口を常に言っているのが日本流である。そうして陰で人のことを叩き優越感に浸る馬鹿なお局を私自身多く見てきたんだ。海外ではそうした吃音者や障がい者が懸命に頑張る様子をしかと拍手で迎える・讃えるのだ。確かにこれだけをもってして外国の方が日本よりも優れているとは言えない。だが根源的な人格的違いはあるように私には確かに思える。