火薬を発明したものは死後あの世で地獄の業火に焼かれるのか?【パルマ―・ラッキーのアンドゥリル】


Palmer Luckey argues that his company’s missile is not designed to win wars, but to deter them by making aggression economically irrational through low-cost, mass-produced, and automated weapons. This approach represents a realistic challenge to traditional U.S. defense strategy and is reflected in the global shift toward privatized military-industrial ecosystems, including the U.S.–Japan relationship.


アンドゥリルのパルマ―・ラッキーはこの日本のテレビ局のインタビューで次のように主張する。「これは台湾有事を中国に思いとどまらせるために設計された明確な目的のあるミサイルだ」「このミサイルは自動車工場のラインで製造できるほど簡素にに設計されている」「戦中USは自動車工場を兵器工場にして使用した」「この兵器はとてつもなく安価である(既存の1000発分で10万発分以上を作ることができる)」「コンパクトカー1台の予算レベルで買うことが出来る」。ひとつひとつ見て行こう。

アンドゥリルの兵器製造思想は「勝つための兵器」を作ることではない。彼らが作る抑止たる兵器とは「もし仮に侵攻したら割に合わない経済的打撃をくらうことが確証される対象となる兵器」である。つまり「低価格で大量化に徹した上さらに自動化的な抑止を実現するための兵器」なのである。その意においてラッキーの主張は多少誇張ではあるもののそこに極めて政治的なメッセージが込められている。「戦争をするための兵器」ではなく「抑止ビジネスに還元できる兵器」のことをラッキーは目指すのだ。言われれば単純だが現代性のある合理的なビジネスモデルである。

その中身こそが「自動車工場のラインで製造できるほど簡素に設計されている」巡行ミサイル(パラクーダ)のことである。実際に自動車工場では作れないので自動車工場”のような”自動化工場で作ることが出来る…というほうが正しい。ラッキーはこれを実史に学んでいることをアピールしているように思える。「戦中USは自動車工場を兵器工場にして使用した」この言葉にその全てが込められているだろう。フォード・GM・クライスラー…この事例を持ち出して象徴的にラッキーは言うのである。つまり「アメリカ工場は量産国家としての血管」なのである。それを思い出せ!というわけだ。

実際コストの問題を見ると現代の兵器は非常に高額である。巡航ミサイルは1発数億~数十億円する。ラッキーは性能を必要十分に落とし高価な部品は採用せずその穴をソフトウェアによる自動化で補うことにより限界までハードウェアの価格を切り捨てるということを実践している。私もこの発想は兵器製造のビジネスとしての倫理的な賛否両論はあれども100分の1基準は十分に可能だと思う。私が学生だったころ作ろうとした民生ロボットは少なくとも30万円はした。だが今その10分の1の価格でそれと同等のものが手に入る。だからこそラッキーの言っていることは実現性が高いと私は思う。

ラッキーが重ねて言うのは「技術オタクの誇大広告」ではなく「現実的に見た防衛戦略思想への挑戦」なのである。ウクライナ戦争・ドローン戦・台湾有事シミュレーション…その全てがラッキーの言動と裏付けられる考え方なのだ。決して日本も蚊帳の外ではない。それは台湾有事が近いからという緊迫した意味においてではない。ゲヲログでもこの考え方を技術民営化という内容で書き連ねたことがあった。防衛装備品に近い民生品は実際民間企業によって本邦でも作られている。そのメディア活用も進んでいる。実際中国ではUSと同じように軍産複合体が出来つつある。それが深センの企業複合体なのである。