2026年4月3日(金)配信
— アイナ・ジ・エンド Official (@aina_THEEND) April 3, 2026
「ルミナス – Luminous」
🎧 https://t.co/N7Nirlp5an
🎥 https://t.co/jzVH8PV5qZ
TVアニメ『#ONEPIECE』エルバフ編オープニング主題歌@Eiichiro_Staff#ルミナス#アイナジエンド pic.twitter.com/Hy5sigY4dt
Onitsuka Chihiro’s songs come from a place of despair. In contrast, Aina the End’s songs emerge from a sense of salvation. Moreover, Aina’s music is characterized by transformation and variety, which allows it to fit comfortably within the world of anime songs. This becomes clear when we listen to the more accessible side of her music.
アイナ・ジ・エンドの世界観は奇妙である。それは鬼塚の月光のCoverを聞いてみても良く分かる。誰もが認める通り歌唱力があるのは間違いない。そしてこのCover動画の米欄にもあるがアイナの歌にはどこか救いがあるのも間違いない(鬼塚は狂気や絶望の中から手を差し伸べる感じである…という)。
鬼塚の歌は下(絶望)から上(希望)に手を差し出す感じであるのに対し、アイナの歌はその下層(絶望)と上層(希望)を総合的に包含する感じである。別に言えば、鬼塚の歌はベクトル直線的である。一方で、アイナの歌は救い自体へのプロセス内含されるような周辺的な雰囲気があるのだ。
これをより具現的に言い換えることもできる。鬼束の歌が「絶望から救いへ至る過程」を描くのに対し、アイナの歌は「救いへ至るプロセスそのものを含んだ状態」として存在している。つまり「暗い」とか、あるいは「個性的」って言葉だけでアイナの全てを表現するにはマジで言葉足らずである。
そうだな…「歪んだ美しさ」みたいなもんを感じるわけ。探なる工夫でもない。つまり「捻った美しさ」がある。「ストレートじゃなくて変化球の美しさ」があるってわけ。歪みやねじれを美学と共に孕んでいる。でも「ストレートさ」を捨てた曲ばかりでもない。こりゃ引き出しが多いってことだね。「余白」がある。
直近の楽曲を聞くとそりゃ良く分かる。「革命道中」はあまりに変化球過ぎて私は好きでないんだけど「ルミナス」なんかは良く分かる。だから「ワンピース」エルバフ編の主題歌になってる…ってわけ。王道でいて王道でない面もある楽曲。王道さが強調される「ワンピース」の世界と共通項を持ちつつも現代性を持ち合わせている…っていうのかな。
この王道でありながら王道に収まりきらないちゅー性質こそが、アイナの強み。それは「ワンピース」のような王道性をコアとする作品とも十分な完成度と共なる親和性を持つんだ。普遍的な物語の構造を踏まえつつ、そこに現代的な感情の揺らぎを織り込む――その両立を可能にする点において、アイナの表現は現代音楽において独自の位置を占めているんよな。
