
TATARABANI’s abandoned indie game IP “Ketchup and Mayonnaise” was an innovative RPG. It featured a cute, well-characterized game system, a completely unexpected story, and an action-oriented battle structure… Early Access does not guarantee a perfect Gold or complete version of the game. It may be inconsistent, but in its own way, it makes sense—and it’s sad.
タタラバニによるEAゲーム「ケチャップandマヨネーズ」は、失敗ではないとゲヲログは思っている。もちろん、私は…の話だが。そもそもEAゲームってのは、完成版が予定されているだけで、決められているゲームではないんだ。完成版が約束されているゲームってわけじゃないんだよな。やっぱし、ここは勘違いするべきじゃないよ。
整理すると、EA(Early Access)は「未完成でも販売・公開して、開発途中から遊んでもらう仕組み」であって「買い切ったゲーマと、共に開発の行方をフォードバックしながら見据えるタイプ」のゲームであることを、指しているわけよ。だから本質的には「完成版が“存在する予定”のものもある」し、他方「“完成が保証されている”わけでもない」んだ。
これは勘違いしちゃならない。EAシステムは、そういうプロセス(開発のプロセス)を買うゲームなんだからな。だがそういう前提がある一方で、レビュー爆撃が度々起こるのも良く分かるところである。これは一重に【開発者の倫理観】が問われるからに他ならない。開発を途中で放棄してなにやっとんねん、というわけ。
開発を途中で放棄すれば「未完成でもいい」という前提は、単なる言い訳に変わってしまう。要するに「プロセスを売る」以上、そのプロセスに対する責任は免れない。その点を信頼として裏切ってしまうと、強い反発が起きるのも当然なんだよな。だが、それをもってしても、タタラバニによるゲーム「ケチャップandマヨネーズ」は画期的だったと思う。
可愛らしいキャラクターとゲーム性・奇想天外なエピソード・アクショナルに自由自在に動くゲームシーン…どれをとっても、かの傑作「アンテ」や「デルタルーン」でさえ、まったく近づけなかった領域に踏み込んでいたのは間違いない。かってスティーブ・ジョブズは、テクノロジーによるイノベーションのことをこう示した。
【イノベーションとは”すでにあるものを組み合わせること”でそれにより魔法のような体験を生み出すことである】
このゲームも、ガチでそうだったと思うんだよな。例えば「アンテ」というエンタメは、プレイヤーの移動範囲や戦闘パターンはある程度固定されていた。対する「ケチャップandマヨネーズ」は、ステージごとに物理挙動やアイテム操作がダイナミックに変化するのがウリだった。プレイヤーの工夫次第で、全く異なる攻略体験が生まれるんだ。
一言で言うと、あまりに画期的すぎた。「デルタルーン」でも再現し得なかった、自由度と遊びの化学反応の広がりが、このゲームIPにはあったんだ。ジョブズがイノベーションを総称してそのように言い始める以前、任天堂の伝説的な技術者である、横井軍平は「枯れた技術の水平思考」という言説を残している。これは…
【成熟・安価になった技術でも本来の用途とは異なる分野へ転用することでイノベーションを生み出すことができる】
ということを示している。様々な複合体として、様々な観点からして、このゲームはそういうポテンシャルに満ちていた。キャラ愛の高まり・専用のグッズ展開も現実味があったぐらい、あり得ないぐらい奇跡的な確率の上に、成り立っていたゲームだったはずなのだ。だから、勿体ないとは確かに思う。苦言を呈する購入者の気持ちも良く分かる。
もう一度だけ言っておく。あくまでも、私見だけどな。
タタラバニによるEAゲーム「ケチャップandマヨネーズ」は、失敗ではないとゲヲログは思っている…と。
