「僕が一番欲しかったもの」に見る音楽の在り方・捉え方


Music should be existential and philosophical. Music is not just about singing or expressing love.
Expressing something in music is about well-balanced artistic pioneering.


槇原のこの曲が表現するものに物質的な概念に対する健全な批判があると私は思います。ところどころでもの=物質を拾ってきた。曲はそれ=物質を当初から歌詞の音読者=歌手が欲しかったものなはずだった…としています。だがそれに惑わされず・時として惑わされながらもそれを放棄し誰かのために渡してきた。もっとそれ=物質を欲しいとしている他者に渡してきたわけです。その結果新しい価値…なんだか良く分からないけど何かわからないそれを結果的に求めてきた経緯があることが歌詞全体で語られます。

結果的に他人に大切なものと思わしきものを渡してきたことが自分の中で美徳となり実を結びます。これが精神的なもの=物質的な概念ではないものにうって変わってきた。つまり歌詞が訴えるものとは本当に求めてきたものは概念的であり衒学ではない哲学的なものですらある。同じものでも物質的なものと精神的なものがあると歌詞は二断しています。そして美しいものは後者であり普遍的な価値があるものとは物質そのものではないことが主張される。また曲の持つ他人への貢献と言う意味でも深いものがあります。

人間は他者への貢献によって自分を定義することができる。それは自分の幸福を他人の幸福に変えていくことによって求められる再帰的概念でもある。他人へのベクトルが自分へのベクトルに変わっていく。はじめは自分へのベクトルが自分へのベクトルたるゆえんだったはずなのです。自分のための自分による幸福です。それが自分の幸福のための他人の幸福あるいはそれ自体が他人の幸福のために存在するだけのものであるという意味すら歌詞は持ちます。この多層的な概念によっていくつかのレベルに物語が分かれているのです。

その意において曲は欲望のすり替わりも表現している。重要なのは物に対する欲求を初めから歌手としての存在が意識していたわけではない点でしょう。はじめは物質を意識しそれを欲しがっていたわけです。ですがそれを惜しみながらも放してきた。それを誰かに託してきた。だからこそ欲望のすり替わりが実現したわけですね。物質的欲求が精神的な満たされ具合にうって変わっている。歌詞はいつの間にか自然とそうなってきた…としています。欲望の変容が表現されているわけです。その変容先が他人の幸福なのです。

また物質の側からみてもこれは興味深い多重な意味合いを持っていると私は思います。物質は紛れもなく価値ある実体です。その実体が必要とされなくなっていくことが示唆されている。つまり物質概念の需要が無くなっていくことが歌詞が進むにつれて顕在化していくわけです。歌詞の内容は普遍的になっていきいつの間にか物質の需要が精神的充実の需要に変わっていくわけです。つまり需要の在り方が変容していき変化していっている。これは供給される側=物質や精神体の側から見てもある種の変貌であるわけです。

この曲の論は実存の主張にもやはり妙に似ています。それは人間としての成長過程を辿っていることからみても供給される(はずだった)物質の側からみてもそうですし後日談のように語られる精神体的な充実性からみても全く同じことなのです。実存しその実存が変化変貌していくことが歌詞の進行度とともに強く語られていきます。これが実存とその変容の哲学なのです。ここまで述べてきたようにこの曲が呈するのは非常に単純な論理です。ですがその裏実はそれが表現しているのは宇多田ヒカルのような実存の天才的な楽曲制作の才能でもあるわけです。これが槇原が天才と言われるゆえんだと私は思います。

宇多田ヒカルの曲も一見結局のところ恋愛だとか他人への思いだかを語ったというものとして捉えられがちです。ですが曲によっては普遍的な実存哲学・実存表現に近いものすら表現されています。単純に他人への愛を語った音はJ-POPにはかなり多い。だがその実の裏にある実存哲学という歌詞の表現しがちでもとよりそうであるべき哲学の路線を意識した曲は少ないです。いい曲多かったよねと言われる曲とはどうしても恋愛や他人への思いとは違ったものであるべきなのですがそれを無情に表現できるアーティストはやはり数少ない。本当に意識されてそこが評価されていることが定説になっていることもまた少ない。

そこを表現できてこそ現代音楽と言うべきものでありまた本来J-POPという先駆的概念はそうであるべきなのです。またそうであったからこそ尾崎豊のようなカリスマが昔いたわけです。つまり愛があることだけが美しいわけではなく愛を感じる私や誰かがいるからこそ愛は認識できるということ自体を一歩だけ引いて歌われる曲は実はそれほど多くはない。そこが単なるJ-POP歌いを音楽家・アーティストのあるべき姿に昇華させるはずなわけですがその顕在化はそこまでは実際してないんです。J-POPが復活するまではしてなかった。だから妥協した曲が多かったんですね。ボカロや歌い手がそこを意識したことが転機でした。

だからこそJ-POPは今に至り復活したのです。それは確かにYouTubeやボカロの意味合いを重したものであり加重の論理です。この事の経緯はメディア的な意味合いもあるのでゲヲログの別記事に詳しい。そこの解説はその記事に譲ります。ですが今に至ってこそわかることでもあるのですがそのプロセスロードをしっかりと描ききったこともまた槇原最大のアーティストとしての功績であるように私は思えてなりません。つまり槇原は生粋のアーティストであり単なるJ-POPの歌謳いではないのです。何かを表現するということはバランスの良い芸術的な先駆性であることを槇原はこの曲を通じて伝え続けているように思います。