千葉県民の私が兵庫県の舵取りは斎藤知事に「とりあえずやらせてみたらいい」と勝手に思う理由

たしかに事実かもしれないが主観なき客観はありえないことを認識する方が重要

民意が示されたっていう事実はあると私は思う。知事が言うように。この件は事実は事実として認めるがそれを解釈する側によってどれもがゆがめられていると実感するところもあるだろう。もちろんヤスパースも言うようにこの世に主観なき客観はありえない。だが一定のレベルというか許容できる範囲・閾値はあると思う。その意味において噂のどれもが憶測とか邪推とか誤解とかに過ぎないいわゆる忖度案件。むしろこの程度のパワハラでいちいち騒いでいたら世の中は回らないというのが世間通念上の常識だと私は個人的に思う。

民間企業ではこの程度のハラスメントは溢れている~これが現実~

民間で働いてみたらわかるが「こんなんぐらいあって当然!」というのも私なりの経験からある。私は半導体メーカに非常勤で勤めていたことがあるがそこでも熾烈なパワハラはあった(し実際退職するぐらいの現場に私自身遭遇した)。学生時代にスーパーで働いていたころからそれはやはりあった。教えられてもいないことでルール決めされ怒られる。そういうことはやはりあったのだし社会の誰もが働いてみれば感じるところだろう。どこに働きに行っても一定数の嫌な人はやはりいるものなのだ。それは仕方のないことなのだ。それを言い訳だけしても意味がない。

地方自治と言えども厳しい政治の世界でこの程度のイザコザは当然のことだ

そしてこの問題は地方といえども厳しい政治の世界でこれをまざまざと馬鹿みたいにつついて指摘して本質的に意味があるのか?ということ。むかし小室直樹が同じようなことを言っていたことを私自身は思い出すんだ。完全無欠の人間そんな人を首長として期待していいのか?そんな適任な人間が本当にこの世の中にいるのだろうか?それを言ったら大小泉・竹中の自民政権なんぞ国の政治に関わった分もっと重罪じゃないか。なんで叩くべきところを叩かず叩く必要のないところをことさら叩くのだろうか?この無意味でダブルスタンダードなギャップはどこから出てくるのか?

既に問題を抱えている局自身が視聴率を稼ぐために面白おかしく報道する姿勢こそ問題である

テレビを見ても視聴率を稼ぐために局が特定の地方自治体を弄んでいるように私は感じる。「辞めたらいい」というのも単に無責任。斎藤知事がしっかりと説明責任を果たす必要があるのはわかる。その意も痛いほどわかるが首長を変えて左翼系の知事が台頭すれば兵庫県の財政はガタガタになるということも考える必要がある。バランスの中でパワーゲームがされるのが政治の世界の常というものだ。そして千葉県と比較してみてもこれはおかしいことだと私は思う。

国会の場でウルトラA級の資料をばらまく千葉県の「国民の敵」との”残酷な比較”

千葉県には「国民の敵」(現役国会議員)が選挙で勝っていて自称ウルトラA級の資料を国会でばらまいている。なぜこれが公益通報になるのだろうか?国家機密を暴露して政権与党の足を引っ張るだけの議員はなぜ逮捕されない?そしてテレビはなぜこの事実を報道しないのだ?総合的に考えるとどうにも立憲よりの局がかなり多いのだ。国の足を引っ張って面白がっている馬鹿がこの県からご立派な国会議員として国会の場に輩出されてる。要するに顔までテレビで映し出されて処分まであった自衛官の意見は全く間違っていないのだ。この勇気のある発言をした自衛官のことを国民は誇るべきだ。この事実と比べてみれば斎藤知事などやっていることは県民のためである。頑張っている。マジで素晴らしいことじゃないか。

本質を得ない報道は無価値である☞それならばまず選挙をやり直せ

そういう比較政治?と言っていいのだろうか…まぁその意であまりにバランスを欠いている報道がまかり通っていると思う。やっていることやろうとしていることが正しいベクトルを向いているのならば斎藤知事に任期までにやらせりゃ良いと千葉県民の私は勝手に思う。そしてもし斎藤でダメだというならば金がかかってもそういうルール決めがなくてももう一度民意を示すため選挙をやり直せばいいのだ。恐らくそうしても兵庫県民は斎藤知事を再び選ぶと思う。だから私は斎藤知事にもう数年信託を与えて地方政治・兵庫のためになる政治をやらせりゃ良いと思うんだ。舵取りはまず彼に任せろ。ダメならばもう一度リスタートすればいい。兵庫の未来につながる政治のためにね。

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